アトピーは言うまでもなく、とても強烈なかゆみを伴う症状です。
アトピーに悩む皆さんの中には、最初は軽いかゆみでも、いつの間にかかゆみが強くなり、あろうことか他の場所にもかゆみが広がって止まらないという経験があるのではないでしょうか。
このような理由で、かゆみを我慢できずに皮膚を掻きこわしてしまい、治療が長引いてしまうということが、必ずと言っていいほど起こります。私自身もそうでした。
実は、私たちの体の中には「痒い」という感覚を増幅するアンプ(増幅装置)のようなものが存在しているのです。
このアンプの存在を認識し、意識的にかゆみの増幅を抑えることで、掻きこわしによるアトピーの悪化、治癒の遅れを防ぐことができます。
このページでは、私たちの体の中にある、かゆみの増幅装置について説明していきます。
目次|このページでわかること
私たちの体にある3つのかゆみアンプ
冒頭に記したように、アトピーを語るのに「痒い」という感覚は避けることができません。
多少のかゆみであれば、掻くことによって気持ちいいという感覚さえ得られまずが、「痒い」という感覚は「掻く」という行為によって徐々に増幅されていってしまいます。
特にアトピーのような慢性的な症状であれば、この仕組みによってかゆみは極限にまで膨れ上がってしまうのです。
まずは、このようなかゆみの増幅システムについて説明していきます。
【かゆみの増幅システム】
- 皮膚感覚の逆流
- かゆみ成分の過剰分泌
- かゆみセンサーの成長
皮膚感覚の逆流
まず、最初に「かゆみの感覚の逆流」について説明します。
例えば、肘の関節の内側が痒かったはずが、いつのまにか腕の方まで痒くなって掻いているということはないでしょうか。この時に起きているのが、かゆみの感覚の逆流現象で、これによって皮膚の痒い範囲が広がっていくのです。
この現象を「軸索反射」といいます。
私たちが皮膚を通して感じる感覚は、皮膚の神経を通って脊髄にたどり着き、そこから脳へ伝わることで初めて「痒い」と認識します。そして、この神経は皮膚表面の辺りから枝分かれしている繊維が伸びており、それが徐々に収束していき、最後に一本の太い神経繊維へと束なり、脳まで伸びています。
まるで、トーナメント表のようなものをイメージすると分かりやすいでしょう。
私たちの皮膚が受けた感覚の信号は、通常は一直線に脳まで駆け上がります。しかし、痒いところを掻いた感覚だけは特別であり、神経が収束する脊髄の手前で、枝分かれしている神経を逆流してしまうのです。これによって、本来痒かった部分とは別の場所までかゆみが広がり、掻きこわしていくうちに炎症が悪化していってしまうということが起こります。
このように、かゆみという感覚は脳に達する前に、別の神経を逆流し、異なる部位へと広がっていってしまいます。そして、この現象はアトピーに限らず、「痒い」という感覚を伴うものでは必ず起こる現象です。
かゆみ成分の過剰分泌
次に「かゆみ成分の過剰分泌」について説明します。
かゆみ成分といえば、最も代表的なのが「ヒスタミン」です。ヒスタミンとは、私たちの全身の細胞内にある成分で、体内に異物が侵入してきた際にそれを攻撃するために働いたりします。この成分が皮膚の感覚を伝える神経に作用した時に、「痒い」という感覚が生じるのです。
例えば、アトピーの場合であると、体内に侵入してきた異物に対して、それを攻撃する「IgE抗体」という物質が作られます。しかし、このIgEはそれ単体では攻撃能力を持ちません。そこで登場するのが「マスト細胞」という細胞になります。
このマスト細胞は内部に「ヒスタミン」や「ロイコトリエン」という、化学物質を蓄えた細胞です。言うなれば、マスト細胞は、火薬をパンパンに詰め込んだ火薬袋といったところでしょうか。
この細胞の表面には、IgEと結合するための穴が存在し、IgEとマスト細胞が結合した状態で、異物と接触することによって、内部の化学物質を撒き散らし、その異物を排除しようとするのです。この現象を「脱顆粒」と呼びます。 この際に撒き散らされる物質(主にヒスタミン)によって、かゆみや炎症が生じるのです。
さて、このようにヒスタミンによって皮膚の感覚神経が刺激されると「かゆみ」として知覚されるわけですが、ここで、先ほど説明した軸索反射が起こります。
軸索反射によって感覚神経を逆流した、かゆみの信号は反射した先で、「サブスタンスP」という物質を分泌させてしまいます。サブスタンスPとは本来ならば「痛み」を伝える物質ですが、皮膚組織においてはマスト細胞の脱顆粒を誘発する作用もあるのです。
それによって、かゆみが広がった先で、さらにかゆみが大きくなり、そのかゆみがさらに軸索反射を起こして広がっていくという現象が生じるのです。まるで、一つの火薬袋が燃え出したら他の火薬袋にまで引火し、火が広がり続けて収集がつかないような状態です。
このように、かゆみという感覚は発生すると、加速度的に広がっていくという性質があるのです。
かゆみセンサーの成長
3つ目は「かゆみセンサーの成長」についてです。
私たちの体は「痒い」という感覚を連続して感じていると、徐々にその感覚に対して敏感になってしまうという性質があります。なんと厄介なことでしょう。
その性質を作る要素として、まず、脳の中で「かゆみを認識する信号の強さの最小値が下がる」ということがあります。
少しわかりにくいので、詳しく説明していきます。
私たちの脳では、ある感覚の神経が刺激され、その神経の興奮度が「一定の値」を超えた時に初めて感覚を得ます。この「一定の値」を「閾値」と言います。
例えば、かゆみという感覚に対する「閾値」が10であるとしましょう。そこに対して、たとえ9の強さの痒みの信号を受けても私たちは「痒い」とは感じません。10以上の強さの信号を受けて初めて「痒い」と感じるのです。ところが、「痒い」という感覚に常にさらされていると、この「閾値」が下がっていってしまうのです。例えば、その値が7になってしまい8の刺激でも「痒い」と感じてしまうようになってしまいます。
つまり、些細な刺激であっても痒いと感じてしまうようになるのです。
また、かゆみに敏感になる原因としてもう一つ、かゆみを感じる神経が皮膚の表面まで伸びてくるということがあります。
私たちの皮膚は、大雑把に説明すると体の外側から順番に「角質層」「表皮」「真皮」「皮下組織」というように層になって構成されています。
かゆみを感じる神経は、本来であれば表皮と真皮の境界までしか伸びていません。
しかし、炎症や掻きこわしによって、皮膚を損傷したりすると、この神経が表皮の内側まで伸びてきてしまいます。
その時に主な働きをしているのが「NGF(Nerv Grouth Factor=神経成長因子)」です。皮膚を損傷すると、体は自然な反応としてセンサーの感度を高めて、外の危険の情報を集めようとします。この時に神経を成長させるNGFが働くのです。
すると、やはりかゆみに対する感覚は敏感になってしまいます。
このように、かゆみという感覚を感じ続けていると、かゆみに対する体のセンサーが敏感になりすぎて、ちょっとした刺激でもかゆみを感じるようになってしまうのです。
ここまで、説明してきたのが皮膚のかゆみ増幅システムです。
このようにかゆみは、発生すると勝手に大きくなっていってしまう厄介な感覚です。特にアトピーのような慢性的な疾患であれば、このような増幅装置が連鎖的に働き、かゆみは極限にまで増幅されてしまうのです。
かゆみの無限ループ
ここまで、かゆみの増幅装置について説明してきました。
これらのかゆみ増幅装置は一度どれかが動き出すと、他の装置にも働きかけて、次々と動き出してしまうように、無限ループを作り出してしまします。
この現象を「イッチ(痒い)・スクラッチ(掻く)サイクル」と言います。
これによって「痒くてどうしようもない状態」を作り出してしまうのです。
例えば、体内に異物が侵入してきた時に、免疫反応によって、マスト細胞の脱顆粒がおきます。すると、ヒスタミンが放出されかゆみが生じ、それによって皮膚を「掻く」という行動がおきます。
肌を掻くと、皮膚がダメージを受けるため、炎症を起こすための「サイトカイン」という物質を分泌します。サイトカインとは細胞同士の情報伝達物質で、これによって複数の細胞同士がお互いの働きを決めているのです。ここでは「炎症をおこせ」という命令内容のサイトカインが分泌されています。
このサイトカインを受け取った細胞は炎症を起こし、それによって、皮膚の状態が悪化、かゆみの増幅、そして再び「掻く」という具合に連鎖反応を起こしていきます。
そして、このサイクルに合わせて先述の軸索反射も起こり、かゆみの増幅し続ける無限ループを形成していってしまうのです。
このように、体にはかゆみの無限ループを作り出す仕組みがあります。 かゆみを止めるには、このループをどこかで断ち切らなければいけないのです。
かゆみのループを止めるには
さて、ここまでかゆみのループについて説明してきましたが、かゆみを止めるには、このループを断ち切らなければいけません。
では、どのようにしたらいいでしょうか。
最も安全かつ手軽な方法は「冷やす」ということです。
冷たいと感じる刺激には先述のかゆみの「閾値」を下げる働きがあります。それによって、かゆみに敏感になっている状態を緩和することができます。
また、冷やすということは、体の生体活動を低下させるということに繋がります。これがどういうことかというと、かゆみを生じさせるヒスタミンや、マスト細胞の脱顆粒を起こすサブスタンスPの働きを抑えてくれ、さらにマスト細胞の脱顆粒を防ぐ効果があるのです。
つまり、冷やすことでかゆみの原因物質が発生するのを抑え、発生している原因物質自体の活動も抑制してくれるのです。
ただし、当然ですが冷やしすぎは良くありません、冷やしすぎると凍傷などを起こして返って逆効果だからです。
冷水などで冷やす場合は10℃程度の温度がいいでしょう。私の場合ですと、保冷剤をタオルで包み、少し冷感を感じるかなというくらいの状態で、ガーゼの上からあてるようにしていました。
また、あまりにも痒みがひどく、一時的にと割り切って使用する場合には、ステロイドの使用も有効であると言えます。この場合は原因療法も同時に行い、一刻も早くステロイドを使用しなくてもいい状態にすることが、副作用を防ぐ上で重要です。
このように、一度回り始めたイッチ・スクラッチサイクルは延々と周り続け、皮膚の状態を悪化させてしまいます。そのため、どこかでそのループを断ち切らなければいけないのです。
まとめ
ここまでの説明のように、私たちの体には「痒い」という感覚を増幅させてしまう仕組みが備わっています。
これが、虫刺されのような一時的な痒みならばさほど影響はありません。しかし、アトピーのように慢性的に痒みが続くような症状であれば、痒みは延々と増幅され、それによる掻きこわしで皮膚の状態は悪化し続けてしまいます。
これを防ぐためには、この増幅装置の仕組みを知り、なんとしてでも痒みを抑える必要があります。
現在、堪え難い痒みに苦しんでいるのであれば、この痒み増幅のループを断ち切ることを意識してください。